たいら

白山縦走(山スキー)

【目的地】白山(2702m)

【期間】2003年3月27日〜30日

【目的】白山で縦走と山スキーをいっぺんに楽しむ

【人員】L中村、SL吉田、M大坂

【地形図】新岩間温泉、白山、市原、白峰、(2万5千分の一)

【予定の行動】 行動3、停滞2、予備1、旅行日1、計7日

1:京都−高山(泊)18:10京都駅集合

2:高山―平瀬(岐阜県白川村)―御前峰東尾根とりつきC1

3:C1―御前峰東尾根C.2250付近C2(もしくはもっと上で雪洞)、周辺スキー

4:C2―御前峰(2702m)・大汝峰―七倉山―(楽楽新道)―新岩間温泉下山

5,6:停滞日

7:下山行動用予備日 ※ 6日目に、C2地点からのっこして新岩間温泉に下山することもあり。

【特筆すべき装備】 スキー一式、アイゼン、ピッケル、ビーコン(持っていけず)、スコップ 2本、ゾ ンデ棒(持っていけず)、のこぎり、スノーソー、夏テント(ポールなし)、ラジ オ、エピガス 大2小1個(大1弱を消費)。

【留守連絡先】 松田謙介(京都雪稜クラブ)

【実際の行動と天気】 3/27:京都(18時)―高山(23時)

3/28:高山(8:45)―平瀬温泉(10:30)―御前峰東尾根C. 1300にC1(17:30)(快 晴)

3/29:C1(7:00)(高曇り)―御前峰・剣ヶ峰コル(13:00)―Ω2(雪洞ほり3時間) (快晴)

3/30:Ω2(7:00)(快晴)―大汝山―七倉山下(9:00)―新岩間温泉(13:00)―一 里野下山(17:00)(曇り時々晴れ)

【行動概況】 3/27: 青春18切符使用。京都から高山まで鈍行4本で6時間弱。駅の脇に夏テントを張る。

3/28:  高山バスセンターから濃飛バスで平瀬温泉へ。2000円。白川郷を目指すバス車内には観光客が多い。大白川沿いの林道は、ゲートが閉まっており、ザラメ雪が断続についている。シールで行ったり、ツボ足にしたりで面倒。一ヶ所トンネル出口で、高さ4mの雪壁クライミングとなる。途中、白山頂上付近が見える。あまりの遠さと白さに思わずため息。7時間歩いて、小白水谷左岸の1300m付近にテント。かん木の疎林で、美しいテンバ。

3/29:  高曇りの中を出発。御前峰東尾根は記録にないルートだったが、なかなか登りやすい。この尾根を下るのも、かなり楽しいと思われる。本ルートに目をつけたYの慧眼に感謝。(後で目にした山スキー雑誌「ベルクシーロイファー」には、既に紹介されていた)。一ヶ所だけツボ(アイゼン2名)の急登を交えた。  樹林限界は地形図どおり2100mくらいか。次第に天気も快晴となって、あたり一面なかなか白くなり、一同歓声をあげる。明日も午前中は天気が持ちそうなので、一気呵成に頂上のコルまでテンバを上げることにする。  最後の急登(尾根筋)をアイゼンで登りきって、御前峰・剣ヶ峰間のコルへ。この急登(尾根筋)の両側は素晴らしいルンゼとなっており、滑れなかったことが今も思い返される。雪質は結構固く、先を急いだため結果的に見送ることになった。GWなら絶対滑っていただろう。風が強く御前峰も見送る。  ご存知のように、白山は、白山という独立峰があるわけでなく、最高峰の御前峰(2702m)、剣ヶ峰(2677m)、大汝峰(2684m)などからなる。  コルから上は、また素晴らしい白の景色、風また強し。一部、くつがツルツルすべるテラテラの雪もあった。一気に七倉山(2557m)をのっ越すことも考えたが、無理せず雪洞を掘ることにする。翠ヶ池(スイガイケと読むのだろうか、ミドリガイケと読むのだろうか)の上方の、非常に立派な段差を利用する。あまりに段差が立派すぎ、雪がものすごく硬かった。今度はもうちょっと優しい段差を利用しよう、と誰しもが手を痛くしながら考えたことだろう。3人用に3時間も費やす。おかげで御前峰アタックはどこかに吹っ飛んでしまった。  雪洞は雪が硬く、入り口を大きくして二人同時に作業せざるを得なかったため、この日の夜はけっこう寒かった。夜は満天の星空に魅せられる。ぼくらだけで独り占めの白山。イラクでの戦争を思い出す。

3/30:  快晴のなか、大汝、七倉山と越えていく。風は結構ある。大汝から楽楽新道2200m付近までアイゼン。あと一ヶ月遅ければ、七倉山の素晴らしい下りもスキーが使えるだろう。至極残念。スキーをはいてからは非常に快適な滑降。みんなわめきながら滑っている。丸っこい尾根を快調にとばしていく。下山尾根大正解。尾根末端でブッシュが濃くなるが、ぎりぎりスキーで行ける。あっという間に新岩間温泉だ。雪洞から4時間だった。  逆にここからの林道、たった6キロが、デブリのためつらい行程だった。ここに3時間をかけて、今日は合計10時間行動ののちに、国民宿舎一里野荘の湯につかった( 07619-6-7411)。ほこほこと温泉からあがると、(北海道)大学時代の山スキー部の後輩、小松市在住の市川暁雄が迎えに来てくれた。焼肉をたらふく食して、市川宅にて大いに檄沈(げきちん)。(以上中村記)

【感想】 中村: 念願の白山縦走を果たせた。メンバーの日程の都合で、最短時間で白山中心部をのっ越す計画であった。それでも白山の迫力を十分に感じることができた。もっとスキー地を開拓したかった。山頂付近のスキーを考えていたが、この時期はまだ硬い雪で、これをすべるには今ひとつの準備と技術が必要だ(例えば今回2人がプラスチックブーツだった)。沢筋、ルンゼ滑降はできず涙をのんだ。わたしは今山行で、ノルディカの兼用靴(ファンドライブ、3万円)を使ってみた。滑りはほんとうに楽である。ただし林道歩きで靴擦れに悩まされ、歯を食いしばった。パートナーに迷惑をかけた。 今シーズンは、北アルプスの稜線縦走(西穂〜奥穂)と、白山の、二本の大きな縦走を完遂することができた。よきパートナー(留守連絡先の松田氏を含めて)と、天候に恵まれ、非常に感謝している。生きててよかったと思う。 小松にて一同解散ののち、福井でフリースクールを主宰する竹内隆一氏を訪問。大学時代の先輩にあたる方だ。日本社会の不登校現象から、大学山スキー部・オービー会のアイデンティティのあり方まで、大いに話し込む。登山活動の社会性を強調されていたが、大いに同感するところである。帰京の列車でも考えたが、社会性は出そうと思って出るものではない。東大スキー山岳部オービーの新井氏のように、自分のやりたいことを追及するなかでするりと体現されるものである。

吉田: 冬春の白山は奥深く遠いというイメージがあった。それに対して我々の計画は、スキーを最大限に生かして日程をコンパクトにするとともに、山スキーのフィールドとしての冬春の白山の可能性を探るものであった。実際、天気に恵まれたこともあって、かなりスキーを活用することができ、予想通りの快適な山行となった。その点で今回の山行は満足のいくものであった。しかしスキーを楽しむという点では、天気をうかがいつつ乗越しを急いだので、十分に堪能したとは言えない。次の機会にはスキーに目的を絞って、大白川ダムから大汝峰への尾根、沢を中心にたっぷり滑りたいものである。春の白山は人の気配がなく、山麓といい稜線といい確かに奥深い山のオーラが満ちていたが、われわれはスキーを生かして比較的楽にアプローチできたのでなんだか得した気分である。

大坂: 今回の山行ではメンバーは3人。僕以外の二人は北大の山スキー部の出身で、今回の計画は彼らが持ってきたものだった。スキーを使った山行に疎い僕は彼らが計画を作り上げていくのにただ耳を貸すだけで、ほとんど記録の無い尾根にもかかわらず、スキーの機動力を最大限に生かす尾根を見つけ出す彼らのセンスと情熱にただ感心するだけだった。 山行自体は天気に恵まれ計画以上に上手くいき、割とプレッシヤ−を受けることなく楽しく山行を行うことが出来た。スキーの威力と彼らの計画に感謝。


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Last-modified: 2012-10-10 (水) 01:28:31 (2322d)